タイトル:で・ら・しえん

 ◇ホームヘルパー養成研修◇研修のすすめ◇


知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修の意義

 私たちは、知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修を実施するにあたり、3つのことを大切にしたいと考えました。
○ 知的な障害のある人が福祉の担い手になるということ
○ 知的な障害のある人の自立に必要なことを学ぶこと
○ 対等の関係を広くつなげていくこと


1 知的な障害のある人が福祉の担い手になるということ

 1つ目は、知的な障害のある人たちが福祉の担い手になるということです。そのことは、知的な障害のある人は福祉サービスの受け手でしかないという見方を見直して、社会の一員として役割と可能性を広げることになります。

 私たちは、意識的であれ無意識であれ、知的な障害のある人は福祉サービスの一方的な受け手であると受けとめがちですが、知的な障害のある人も、同じ社会の一員として果たすべき役割と可能性を持っています。そのことを「ホームヘルパーの資格をとる」ということで表現していきたいと考えたのです。

 今回の研修を実施するにあたって、「私たちは、今度知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修をやります」といろんな人に話をしましたが、そのとき相手のほとんどは、「知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修」ということを、「知的な障害のある人の生活をサポートするヘルパーを養成する研修」と受けとめました。ほとんどの人が、「知的な障害のある人自身がヘルパーになるための研修」だとは思いいたらなかったのです。それは、いかに私たちが「障害のある人は福祉サービスの受け手」という観念にとらわれているかを示すことがらでした。

 「ちがいますよ。知的な障害のある人がヘルパーになるための研修です」と言うと今度は、「ヘルパーの資格をとってもヘルパーとしては働けないでしょう」と言われます。福祉関係の人でさえも、こういった決めつけたような言い方をされました。そのたびに私たちは、知的な障害のある人たちが介護の仕事をやっていける可能性について説明しなければなりませんでした。

 知的な障害のある人がひとりで利用者宅を訪問し、身体介護や家事援助のすべてをこなしてくるのはたしかに困難でしょう。けれども、たとえばベテランヘルパーといっしょに高齢者の家を訪問し、その方がテキパキ家事をされているかたわらで、高齢者を見守り、話し相手をすることができます。そういう役割を担うというのは立派なヘルパーの仕事のひとつではないかと考えるのです。あるいはデイサービスや宅老所などでお茶を用意したり、名札を付け替えたり、衣類を整理したり、お話相手になったり、ふだん職員がしていることを見直しても、知的な障害のある人ができることはたくさんあります。

 知的な障害のある人たちが福祉サービスの担い手になれるという思いは、研修を進めるなかでますます確かなものとなりました。受講生たちは、デイサービスやホームヘルプの実習に行ったあと、実際に自分たちが役割を果たせた、ありがとうといわれる仕事がやってこれたことで、とても自信のある表情に変わってきました。実習先のデイサービスの方からも、知的な障害のある人が高齢者と楽しそうに会話をし高齢者の方が生き生きとした表情をしてその時間を楽しむ様子が見られたので、介護の仕事にとてもあっていると言われました。またサポーターとしてボランティアに来ていただいていた方のなかには、車いすを利用している方もいらっしゃいましたが、その人からも、自分たちの車いすを押したり援助をしてもらいたいという希望も聞きました。

 「知的な障害のある人たちが福祉の担い手に」ということは、知的な障害のある人は福祉サービスの受け手でしかないという見方を見直して、社会の一員として役割と可能性を広げることになるのです。私たちは、このことをまずは大切にしたいと考えました。



2 知的な障害のある人の自立に必要なことを学ぶこと

 2つ目は、ホームヘルパー養成研修を知的な障害のある人が自立について学ぶ機会にするということです。

 ホームヘルパー養成研修のテキストを見ていただくとわかりますが、養成研修で学ぶべきことがらのなかには、「福祉の制度について」「障害について」「権利について」「自立について」「当事者主体について」「自己決定について」…など、知的な障害のある人に学んでほしいことがたくさん含まれています。サービス提供者として知っておくべきこととしてだけでなく、知的な障害のある人が自分自身のこととしても学んでおいてほしいと考えました。

 私たちのこの意を汲んで、講師の先生方は、「利用者のことでもあるけれど、あなた自身にとっても大切なことです」ということを繰り返しお話いただきました。また私たちは、養成研修のカリキュラムを作るにあたって、受講生の理解をより深めるために、50時間の所定研修時間にさらに47時間を自主学習会として加えました。その自主学習会では、講義・演習の科目の復習時間にするほか、「障害のある人の権利」「福祉と制度について」「自己決定について」などの、私たちが特に知的な障害のある人に知ってもらいたいことを学ぶ時間を設けました。

 利用者主体ということが大切であることをヘルパーの講義を通して学びますが、同時に、知的な障害のある自分も自己決定していいのだ、当事者主体でいいのだということを学びます。はじめのうちは、サービス提供者であるヘルパーとして利用者主体を尊重することと、当事者である自分自身の主体性ということがもつながっているという話を聞いて、受講生は、自分のふたつの立場を整理できず少々混乱を招いていたようですが、養成研修の後半にはこのことが少しわかってもらえたように思います。

 私たちは、サービス提供者として学ぶべきことと同等以上に、知的な障害のある人が、自分のことを大切にするために自分のことをよく知るということを大切にしたいと考えたのです。



3 対等の関係を広くつなげていくこと

 3つ目は、対等の関係を広くつなげていくことです。

 これまでの私たちのささやかな活動から感じてきたことは、「知的な障害のある人のための福祉が、特別な関係の人たちのなかで営まれているのではないか」ということです。  特別な関係の人たちとは、保護者、学校の先生、施設の先生、行政の担当者などです。これらの人たちは、愛情であり職務上の責任でありその背景にあるのはいろいろですが、この人たちと知的な障害のある人との関係は、指示・命令・管理・監督という上下の関係になりがちです。なかなか対等の関係には、立ちにくい関係といっていいと思います。  対等の関係というのは、友だちのような関係といってもいいのですが、私たちのような、特に特別な関係にない、そのへんにいるごくふつうの市民が係わることで、このあたりの関係が少し変わってきます。特別な関係にない人たちであればこそ、対等な関係(=友だち関係)になれる、という思いを私たちはもっています。

 ただ特別な関係にない人は関心もないので、そういう人に関係をつないでいく活動というのが必要です。私たち、で・ら・しえんは、知的な障害のある人ととりたてて関係のない市民が広くつながっていくための活動をすることを事業の中心にしています。ホームヘルパー養成研修も、そういう特別な関係のない人たちが、ホームヘルパー養成研修をいっしょに学ぶというようなスタンスで係わってもらえれば対等の関係が広がっていくという思いがありました。

 私たちは、当初知的な障害のある人と同じ受講生の立場で、特別の関係のない市民がホームヘルパー養成研修に参加してもらうことを企画しました。しかし、知的な障害のある人の受講希望が多かったため、やむなくこうした知的な障害のない方には、学習を手助けしてもらうためのサポーターとしてボランティア参加してもらうことにしました。必要なときにはサポーターとして助言をしたり質問に答えることもありましたが、基本的には「いっしょに研修に参加してください」というスタンスでした。

 今回、このようなサポーターとしてボランティアに入ってくださった方々は、このホームヘルパー養成研修をきっかけに私たちの活動を知ったという方が多かったので、その点では多少広がったといえます。

 サポーターといっても、支援する側が一方的に支援する関係にとどまらないということは、私たちはこれまでの活動の中でなんども体験してきたことです。はじめは知的な障害のある人たちの挑戦を応援しようという気持ちでサポートに入ってくれた人たちも、修了式の日には、「知的な障害のある人たちといっしょになって学び、その学びの姿を通して教えられることの多さに気づいた」との感想を異口同音に発言されました。

 「対等の関係でつながっていくことの心地よさ」というのを体感されたせいか、このサポーターのボランティアはリピーターがとても多くありました。「来られるときに手伝っていただければいいですよ」と言っていたのですが、みなさんなるべく時間を見つけては参加してくださったように思います。

 「対等の関係を広げていきたい」これが私たちの3つ目の思いでした。 
 以上のように私たちは、知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修を実施するにあたり3つのことを目的(大切にしたいこと、実現したいこと)として掲げ、そして大きな成果を得ることができました。NPO法人などの活動としてこうした事業に取り組まれるとき、あらかじめこのような事業の目的というものを明確にしていくことは大切だと考えています。